STSマインド

第一章:どん底の会社を託された社長就任

インタビューを通して、弊社代表取締役・小清水良次が
システムサポートの根底に息づくスピリットを自らの言葉で語ります。

―― 社長に就任された当時のシステムサポートは、かなり厳しい経営状況だったということですが。

私が社長になった1994年はバブル崩壊によるダメージを多くの会社が受けていたころでした。システムサポートも1億3000万円の累積欠損を抱え、銀行に対する借入の元金の返済どころか金利の返済も厳しい状況に陥っていたのです。今でこそ、それほど大きな金額ではありませんが、当時の売上規模から考えれば非常に大きな負担でした。

どうにかこの莫大な債務を返済して、会社を再建しなければならない。その際の再建計画の最大のポイントが経営の刷新でした。明日も解らない状況での社長就任でした。

―― 経営を託されてから、どのような手段で再建を図っていったのですか。

何しろ借り入れが多額ですから、このままでは金利を払うのが精一杯で、とても元金まで返せる余裕がない。そこで経費を削減するためには、当時、市場ニーズに合う技術者の少数精鋭部隊にする必要があり、結果的に社員数は半分以下になりましたが、そこから再建へのスタートを切りました。就任以降、再建のために必死に知恵を振り絞り、予想よりも早く4年で累積欠損を解消することができ、このような経験から、自己資本比率の高いキャッシュフロー経営を意識し、14年間にわたり20%以上の成長を継続してくることができました。

―― 経費を抑えながらも、新しい社員の採用も行っていたそうですが。

矛盾していると思われるかもしれませんが、システム系のIT企業の場合、社員数を減らすことがそのまま企業体力の減少につながるので、体力が落ちた状態から改めて多くの採用者を受け入れるのは難しい。ですから、当社では社員のスキルチェンジを実施しながら、新しい技術者の採用も積極的に進めていきました。それによって、それまで当社が扱えなかった領域にもビジネスを拡げ、地方にとどまらず、東京、名古屋、大阪などでも新しい顧客の獲得に成功してきました。

―― 社会全体の経済状況も厳しい中で、どうやって優秀な人材を確保していったのでしょうか。

世の中が厳しくなっても、優秀な人たちはかえって自ら新しい活路を切り拓き、市場価値を高めようとするものなんです。IT技術者においても、地元から東京に出ていた人が会社を辞めてUターンしてきたり、当社は幸運にもそういった人材を迎え入れることもできました。

特別な勧誘は一切せず、ハローワークに求人を出していただけなのですが、不思議とそこに求める人材が応募してきました。彼らはもともとC言語を中心とした制御系に精通していたので、即戦力として活躍してもらうことができました。

そうして、4年後には社員数が100人を超えました。当時入社した社員たちが、その後も当社の事業を中心となって引っ張るまでに成長してくれたのはありがたいことです。

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